膨大な情報から、本一冊を書き上げる。「そのロードマップが描けるようになりました」

ビジネス系出版社、大手教育系企業での勤務を経て、ライターとして独立。教育分野を中心に、編集者、ライター、さらには著者として自著を発表するなど、幅広い活躍をされている佐藤智(さとう・とも)さん。株式会社レゾンクリエイトの役員として、企業の情報発信をサポートするライティングコンサルタントとしても活動されています。

さまざまな立場で本づくりにたずさわってきた佐藤さんに、ライターになった経緯や、ブックライティング塾で得られた学びについて、語っていただきました。

佐藤智(ブックライター塾2期生)
取材/井上大剛(ブックライター塾6期生)  
写真/上田修司(ブックライター塾2期生)

書店営業、編集者を経て、ライターに

まずはライターになったきっかけを教えてください。

大学院を卒業後、出版社に就職しました。編集志望だったのですが、書店営業担当になり、その後も編集部には配属されず。転職先の大手教育系企業で、念願の編集者になりました。担当したのは教育の専門誌です。もともと大学で学んできた分野だったこともあり、学校への取材で日本全国をまわるなど、精力的に仕事をしました。

しかし、大企業はジョブローテーションがあるので、数年後には他部署に配属されることになってしまいました。私にとって仕事は、人生において大きな割合を占めるもの。それなのに、会社の都合でしたい仕事ができなくなるということが受け入れられず……。

そこで思い切って会社を辞めました。すると、そのことを聞きつけた知り合いの編集者からじょじょに仕事が来るようになって、気づけばなし崩し的にライターになっていたという感じです。ブックライター塾を受講したのもその頃ですね。

すでに編集者の経験があり、ライターとしての仕事も受注していたのに、あえてブックライター塾に通おうと思われたのはなぜですか?

編集者だったので「文章化されたもの」にフィードバックするのは慣れていたんですが、ライティングについてはまだ手探りだったんです。もちろん一つ一つ誠実に向き合ってお仕事をしてきましたが、ときには「これでいいのだろうか」と悩むこともあって。

特に、インタビューなどで得た膨大な情報を整理して、一から構成を立てていく力が弱かったと思います。だから、ライターとして揺るがぬ柱を立てたいという気持ちで受講しました。会社を辞めて退路が断たれていたので、背水の陣でしたね。塾ではかなりピリピリしていたと思います(笑)

文章の「終わりが見えるようになった」

実際に受講して、どのような学びがありましたか?

ほかのライター講座も受講したことがあるのですが、ブックライター塾はブックライティングに特化しており、かなりピンポイントかつ実践的だと感じました。なにより大きかったのは、文章の「終わりが見えるようになったこと」です。

「終わりが見える」とは、どういうことでしょうか?

文章は、磨き上げてとにかく質を高めていこうとすると、ある種の芸術のように「終わりが見えない」領域に入ってしまうことがあります。それはそれで間違ってはいないと思いますが、職業として文章を書くには、それでは難しい。

納期までにどういうスパンで、どのくらい書いていけば終わるかをきちんと考えないといけない。特に、本を一冊書き上げるブックライティングは、マラソンのようなもの。短い記事は多少体に無理をして書き上げられたとしても、本一冊となるとそうはいきませんから。

ブックライター塾では、「こうしていけば確実に書き終わるよね」、という道筋を見せてくれるんです。2000字の原稿を書くにはこのくらいの時間がかかるから、1万字だったら5倍でこれくらいとか。取材に関しても、2時間×5回で一冊分になるとか。取材で集めた情報を、どのように整理して並べ替えていくべきか、優先順番のつけかたなども、実際に使った生の原稿やデータを通じて具体的に教えてくれます。

そのプロセスを一通り見せてもらうことで、私自身も、本を一冊書き上げるためのロードマップを描けるようになった。要は、「こうすれば終わりはくる」みたいな自信を持つことができました。これは自分にとってとても大きいことで、ライターとしての土台をつくってくれたと思っています。

主観と客観。自著にも活かせた塾での学び

ほかに学びとして大きかったものはありましたか?

もうひとつは、文章を書くうえで重要な「客観的な視点」が持てたことです。私は誰かにインタビューをすると、その人の人生や気持ちに寄り添って、その思いをストレートに伝えたいという気持ちになります。

ですが、原稿を書く前にはいったん冷静になって、メディアとして適切な情報なのかどうか、読者が求めている情報なのかどうか、ということを客観的に見る必要があります。伝えたいことがあるのは大事だけれど、一歩離れて、まずはそれをどう「料理」するか考える必要があるわけです。

ブックライター塾の上阪塾長はまさに「客観の人」で、そこにある素材をどう料理するのかを俯瞰して考えられる人なんです。私はどちらかと言えば「主観の人」だったので、上阪さんのやり方を学ばせてもらって、自分に欠けていた視点を補えたのは大きかったですね。

塾で習ったことはすぐに仕事に活かせましたか?

じつは受講中に、教育系の雑誌で培ってきた経験を元に自著を出すことが決まったんです。自著なんて、まさに主観そのものになりがちですよね。

でもそこで、「読者はどんな情報を求めているだろう?」「読者はどんなシーンでこの本を読むだろうか」という、客観的な視点を入れられたのは、塾のおかげだと思います。もちろん、情報をどうやって整理するか、どうやって構成を立てるかといった具体的なテクニックも役に立ちました。

ブックライターをやることで他の人の視座を得て、自分が変わる

今後はライターとして、どのようなキャリアを築いていきたいと考えていますか?

これからは教育の分野で、自分の意見を発信する機会を増やしていきたいと考えています。

実はこれまで、教育における自分の意見を積極的に発信することに、躊躇する自分がいました。なぜなら、教育は多くの人が幼少期から受けているものであり、ある意味、世の中の人全員が評論家。たとえば医療や法律など、専門家でなければよくわからない分野よりも、誰もが意見を言いやすい分野の一つが教育です。

語弊を恐れずに言えば、自分が発した意見が“叩かれやすい”とも言えます。そんななかで自分の思いを発信していくのには、すごく勇気が必要で、ずっと躊躇していました。

でもいまは、リスクを負ってでも発信しなきゃという気持ちになっています。そのくらい、私にとって教育というのは大切なこと。現在は、“教育”というと“受験”に話題が偏りすぎているとも思うので、もっと違う部分にも目を向けてもらいたいと考えています。

ある意味で覚悟を決められたということですね。その心境に至るまでに、ブックライティングの経験は影響していますか?

はい。それは大きく影響していますね。これまでブックライティングを通じて、各界の第一線で活躍している著者の方たちのお話をじっくり伺ってきました。そこから、ほかの分野にも転用できる知見や考え方、物事との向き合い方を学ばせてもらってきましたし、自分自身が“深まっていった”という実感があります。

考え方というか、視座というか……人は見ている景色がそれぞれ違いますよね。ブックライティングは、著者のそれを垣間見ることができる仕事だと思います。おかげで、間違いなく以前よりも多角的に物事を見られるようになりました。

これはブックライティングをしてきたからこそ得られたこと。ですので、自分の意見を積極的に発信していきたいとは思っていますが、ブックライターをやめるという発想はありません。自分の知見はブックライティングに活かせるだろうし、逆に自分の発信にもブックライティングが活きるだろうと。相互に補いあうように、循環させていきたいですね。